夜着に着替えた琉奈は、自室の鏡台の前で、同じく夜着姿のれつ子の髪をやさしく梳かしていた。 この夜、れつ子は琉奈の部屋に泊まることになっていた。 二人がそれぞれの主人に雇われた立場である以上、琉奈がれつ子を部屋に泊めるのも、れつ子が外泊するのも、普通ならそれぞれの主人にあまりいい顔をされなさそうなところだ。 しかし、主人をはじめとする周囲の理解や、二人の普段からの勤務態度に特に問題がないこともあって、今では琉奈のご主人様が直々に れつ子に宿泊を勧めるまでになっていた。 琉奈とれつ子は、今日は旭山動物園で楽しい時間を過ごしてきた。 昼食にはれつ子のクラスメイトである真紅や普久子も加わり、この屋敷で過ごす時とは別の、とても充実した時間を過ごすことができた。 だから、メイド長の碧がやけに張り切っていることにも、莉来の凛への態度が少し変化してきていることにも、気付く由もなかった。 お互いの髪を梳かし終わり、ベッドの隅に座ってからも、寝るわけでもなく二人の会話は続いた。 途中、琉奈の髪を梳いていた れつ子が、琉奈の長く艶やかな髪に嘆息を漏らすといったこともあったが、会話の内容は概ね今日の「デート」―――女同士ではあったが、二人にとってはデート以外のなにものでもなかった―――についてのことだった。 動物園でみた様々な動物たち。 かわいいのから獰猛なのから、小さいのから大きいのまでいろいろな生き物がいた。 その中でも、れつ子はペンギンたちがいたくお気に入りの様子だった。 れつ子は今でも、琉奈に買ってもらったペンギンのぬいぐるみを、ずっと抱き締めている。 昼食を共にした、真紅や普久子のことにも話題は及んだ。 特徴のある怪しい笑声が忘れられない真紅と、それにすかさず物理的ツッコミを食らわす普久子のことは、今日の楽しかったことの1ページとして琉奈の心にも強く残った。 真紅はとくに琉奈のうすい胸に―――薄くなんかない。れつ子を含め、周りが少しばかり大きすぎるだけなのだ(と、琉奈は信じていた)―――共感を覚えていたようであったが。 いいかげん夜も更けようとしていた。 たとえ話は尽きようとも、二人は寄り添っているだけで幸せだ。 とはいえ、明日も休暇をもらっていたれつ子はともかく、琉奈はいつまでもこうしている訳にはいかなかった。 この屋敷のメイド長である碧は、その立場にありながら低血圧で朝が弱かった。 だから、琉奈が起きなければ、この屋敷に朝は来ない。 残念だけど、そろそろ寝ましょう。琉奈はそういってベッドから立ち上がろうとした。 その時。 「あ、あのっ」 そんな琉奈を、れつ子が止めた。 「どうしたの? れつ子ちゃん」 琉奈が優しく問い掛ける。 れつ子は俯くと、手に持ったペンギンのぬいぐるみを弄りながら、言った。 「今日…お姉ちゃん…ずっと…楽しかったです」 そして沈黙。 れつ子は俯いたまま、ペンギンのぬいぐるみを両手の親指と人差し指でいじくっている。 「私も…楽しかった」 れつ子の身体は琉奈よりもひとまわり小さく、琉奈のひざの上にでもちょこんと乗ってしまいそうな程だった。 そんなれつ子を、琉奈は横から、やさしく抱きしめる。 「あ…」 突然の抱擁に、れつ子の口から溜息が漏れる。 溜息は、琉奈の耳元を直撃した。 昼間からずっと続いていたキスの感触が、琉奈の中でだんだん大きくなる。 れつ子は琉奈の耳元で囁いた。 「お姉ちゃん…寝る前に、もう一度…」 キス、してください。 その言葉は遮られた。 琉奈の唇が突然に、れつ子のそれを塞いだからである。 れつ子の腕から、ペンギンのぬいぐるみが、床にこぼれ落ちた。 (お姉ちゃん…) 琉奈の甘い唇の感触に、れつ子はゆっくりと瞼を閉じた。 その接吻は、息が詰まりそうになるほど強く、長く続いた。 琉奈はその唇をれつ子から離した。 「お姉ちゃん…好き…」 れつ子がそうつぶやいたのは涙声だった。 琉奈は微笑みかけると、自らの両腕をれつ子の背中まで廻した。 そのまま、れつ子の身体を強く抱き寄せた。 れつ子の、小柄な身体の割にはふくよかな乳房が、琉奈の身体に押し当てられる。 胸部への圧迫感に、れつ子は胸が高鳴っていく。 琉奈は自らの身体に押し当てられているれつ子の乳房のやわらかさに、手荒に扱ったら壊してしまいそうだ、と思った。 そして、夜着の薄い生地を通して、れつ子の小さな先端が少しずつ硬くなってゆくのを感じる。 琉奈はれつ子の唇をついばむように、位置を少しずつずらしながら何度も何度も吸うようなキスを繰り返した。 れつ子が昨日のバスケで見た普久子のクロスオーバーのように、上唇と下唇を渡り歩きながら、まんべんなく犯してゆく。 その都度、れつ子の身体に力が入らなくなる。 そんなれつ子の唇を、琉奈は少しだけ舐めた。 猫が毛並みを整える時にそうするかのように。 ぺろ、ぺろとれつ子の唇を舌先で舐め上げる。 琉奈の唾液が付着した唇の間から、れつ子はおずおずと舌先を差し出した。 頬を上気させたれつ子が、瞳を潤ませて、琉奈に向かって物欲しそうに舌先を差し出す。 琉奈は、差し出されたれつ子の舌に自分の舌を絡ませた。 お互いの舌で相手の舌の感触を確かめ合う、舌先だけの遊戯をしばし楽しむと、琉奈はれつ子の唇を舌先でこじ開け、れつ子の口蓋への侵入を開始した。 琉奈の突然の侵入に、れつ子は自分の中に入ってきた琉奈の舌を受けるだけで精一杯だった。 れつ子の小さな口の中で、二つの舌がお互いを求めるように絡まりあう。 やがてはれつ子の舌も、琉奈の舌を押し戻すでもなく、舌を絡ませながら琉奈の中への侵入を開始する。 二人の唇は開かれ、お互いに相手の口中を蹂躙し、舌を絡ませあう。 外からの音もしない静かな夜だった。 部屋の中には、ただ粘液の中を舌が絡み合う音がかすかに響いていた。 琉奈はれつ子の中を満たす唾液を吸い上げ、こくり、と喉を鳴らす。 琉奈の身体の中に、琉奈とれつ子が混ざり合った唾液が染み込んでゆく。 れつ子の唇の端から、唾液がゆっくりと垂れてゆく。 れつ子は、朦朧とした意識の中で思った。 気持ち、いい―――。 まるで、冬の寒い日に炬燵の中で微睡んでいるような―――。 暖かな春の日の中で、お姉ちゃんに抱っこされたまま、ついうとうとしてしまった時のような―――。 れつ子の意識が急速に遠ざかってゆく。 れつ子の身体から急に力が抜けたことに、琉奈は少しだけ驚いた。 「れつ子ちゃん?」 そっと呼びかけたが、返事はない。 ただ、軽く寝息を立てているだけだ。 無理もない。今日は一日中はしゃぎ回っていたのだ。 先程までの勢いに身を任せ、眠っているれつ子の身体に行為を続けたいという欲望がないわけでもなかったが、楽しいことは、れつ子と一緒に楽しみたい。 その思いが欲望を遠ざけた。 それに、おあずけされる程に楽しみは増すというものだ。 あわてることはない。まだ、二人の時間はずっと続くのだ―――。 琉奈はれつ子の唇から垂れている唾液をハンカチで拭き取り―――舌で舐め取ると止まらなくなりそうなのでやめた―――、少しだけ乱れた夜着を直すと、自分のベッドの上に寝かしつけた。 自らはその隣に入り込み、れつ子と軽く唇を合わせる。 「おやすみ、れつ子ちゃん。―――大好き」 そして、枕元の白熱灯を消した。 暗闇の中、琉奈はれつ子の手を探り当て、手を繋いだ。 れつ子の体温が、琉奈の掌を伝わって感じられる。 それっきり、部屋には静寂がおとずれた。 ささやかな二人の寝息だけを残して―――。 部屋の外でドアにへばりつくようにして聞き耳を立てていた三人は、部屋の中ではもう何も起こらないことを一様に判断し、ドアを離れた。 溜息を吐き、お互いの顔を見合わせる三人。 顔を見合わせた碧と凛の、どちらからともなくくすり、と笑顔がこぼれる。 「戻りましょうか」 「ええ」 碧の言葉に凛が応える。 それに従う莉来。 三人は居間へ向かって歩き始めた。 碧は考えていた。 数日前に琉奈に揺さぶりをかけたことが功を奏したようだ。 琉奈の様に、とまではいかないが、碧もれつ子のことを妹のように可愛がっていた。 れつ子が幸せになるのは碧も望むところであったし、琉奈がれつ子のことを見つづける限りは、碧のご主人様ゲット計画に対する強力なライバルが一人消えることになる。 ―――そのほうが「やりやすい」。 新たな野望を燃やす碧であった。 凛も考えていた。 数日前までの、琉奈のれつ子に対する態度に、かすかなぎこちなさを感じていた凛は、それが心の片隅に引っかかっていたのだ。 琉奈たちが途中で寝てしまったことは少し残念だった気がしなくもないが、あの二人の仲は順調に進展しているようだ。凛にとっても喜ぶべきことである。 そして、莉来に想いを寄せている凛としては、先に女同士のカップルが成立している方が「やりやすい」。 少しのことにも、先達はあらまほしきことなり、だ。 莉来が何を考えていたのか、その表情から読み取ることはできない。 ただ、碧や凛に見られることはなかったが、莉来も少しだけ笑顔をのぞかせていた。 琉奈たちのことを考えてか、自分と凛のことを考えてかはわからない。 おそらく、その両方だっただろう―――。 end of text |
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